「これで実家の親に会えます」
抗がん剤治療後の髪に縮毛矯正をしたお客様が、仕上がったご自身の髪を見ながら、静かにおっしゃった言葉です。
そのとき私は、すぐには言葉の意味を理解できませんでした。
髪を整えることと、実家のご両親に会うこと。その二つが、私の中ではまだつながっていなかったからです。
けれど、お話を伺ううちに分かりました。
抗がん剤治療は終わっていても、髪の問題によって、会いたい人に会えない時間が続いていたのです。
【結論】CISTAの回復美容は、一人のお客様の「これで実家の親に会えます」という言葉から、その役割が明確になりました
抗がん剤治療が終わっても、髪が以前とは違う状態で生えてくることで、元の日常へ戻れない方がいます。CISTAが考える回復美容は、病気を治す医療ではありません。治療後の髪を美容師として見極め、自分の髪で生活できる状態へ整えることで、治療の先に残された日常の困りごとを支える仕事です。
治療が終わっても、髪の問題は終わっていませんでした
そのお客様がCISTAへ来店されたのは、抗がん剤治療を終えてから約2年が経過した頃でした。
髪は生えていましたが、治療前とは異なる強いうねりがありました。
「3年くらいすれば元に戻る」と聞き、その言葉を信じながら髪が伸びるのを待っていたそうです。
けれど、時間が経っても、今ある髪が自然に真っすぐになるわけではありません。
強くうねる髪は簡単にはまとまらず、帽子を手放せない生活が続いていました。
髪は生えている。それでも、自分の髪で以前のように過ごすことはできない。
治療が終わったことと、元の日常へ戻れることの間には、私が想像していた以上の距離がありました。
会いたいのに、ご両親に会えなかった理由
お客様は、同居するご家族には、治療後の髪を見せることができていました。
しかし、遠く離れて暮らす高齢のご両親には、以前とは大きく変わった髪を見せられなかったそうです。
ご両親に心配をかけたくない。治療が終わったのに、まだ具合が悪いと思わせたくない。
本当は会いたくても、さまざまな理由をつけて、顔を合わせずに過ごしていました。
髪の悩みは、鏡の前だけにあるものではありません。
外へ出ること。人に会うこと。仕事へ戻ること。以前と同じように家族と過ごすこと。
髪の状態によって、そのどれかが止まってしまうことがあります。
私はこのお客様から、治療後の髪が日常生活に与える影響を、初めて具体的に教えていただきました。
縮毛矯正をすれば、すべて解決するわけではありません
抗がん剤治療後に生えてきた髪へ縮毛矯正をする場合、クセを伸ばせるかどうかだけで判断することはできません。
髪が短すぎれば、縮毛矯正ができても髪型として成立しないことがあります。
トップ、顔まわり、襟足で髪の太さやうねりが異なる場合は、それぞれの状態に合わせて薬剤と熱を調整する必要があります。
また、現在の髪で、お客様が望む仕上がりを本当につくれるのかも確認しなければなりません。
CISTAが大切にしているのは、施術をすることそのものではありません。
今の髪にできることと、できないことを見極め、施術後にどのような状態を目指すのかを共有することです。
このお客様の場合は、治療からの経過期間、髪の長さ、現在の状態を確認したうえで、縮毛矯正を行うことができました。
鏡の前で聞いた「これで実家の親に会えます」
施術を終え、お客様に仕上がった髪を確認していただきました。
強くうねっていた髪が整い、自分の髪で髪型をつくれる状態になっていました。
鏡を見つめたお客様は、静かにこうおっしゃいました。
「これで実家の親に会えます」
その言葉を聞いたとき、髪を整えた結果として起きたことが、ようやく分かりました。
縮毛矯正によって変わったのは、髪の形だけではありませんでした。
会いたくても会えなかったご両親に、会いに行けるようになったのです。
美容師が行ったのは、髪に薬剤と熱を使い、うねりを整えるという仕事です。
けれど、その技術が必要だった理由は、髪を真っすぐにすることだけではありませんでした。
止まっていた日常を、もう一度動かすために必要な技術だったのです。
この経験から、CISTAの仕事の意味が変わりました
それまでの私は、縮毛矯正を、髪のクセや扱いにくさを解決するための技術として考えていました。
もちろん、それは今も変わりません。
しかし、抗がん剤治療後のお客様と向き合うなかで、同じ縮毛矯正でも、その技術が必要とされる背景は大きく異なることに気づきました。
治療後の髪を整えたい理由は、人によって違います。
- ウィッグを外して生活したい
- 仕事へ戻りたい
- 家族や友人に会いたい
- 以前のように美容室へ通いたい
- 毎朝、自分で髪を整えられるようになりたい
美容師が病気を治すことはできません。
けれど、治療後に残った髪の問題を、美容師の技術で整えられることがあります。
「これで実家の親に会えます」という言葉は、その役割を私にはっきりと教えてくれました。
治療後の髪には、通常とは違う判断が必要でした
抗がん剤治療後の髪に向き合うようになってから、CISTAでは、施術の考え方を少しずつ整理してきました。
見た目に髪が生えそろっているように見えても、縮毛矯正に適した長さや状態とは限りません。
クセが強いからといって、強い薬剤を使えばよいわけでもありません。
髪の太さ、うねり、カラー履歴、日常的なアイロンの使用状況などを確認し、髪がどこまで薬剤と熱に耐えられるかを判断する必要があります。
CISTAでは、この髪に残されている施術可能な範囲を「毛髪体力」という言葉で捉えています。
そして、毛髪体力や長さが足りなければ、無理に施術をしません。
その時点で行わない方がよいと判断することも、次の選択肢を残すために必要な仕事です。
現在のCISTAが設けている施術基準
CISTAでは現在、回復美容として縮毛矯正を行う目安を、原則として次のように定めています。
- 最後の抗がん剤治療から2年以上が経過していること
- トップの髪が耳に届く程度まで伸びていること
これは、2年が経過すれば必ず施術できるという意味ではありません。
医学的な安全性を保証する期限でもありません。
CISTAが実際に治療後の髪を扱ってきた経験から、髪の状態を判断し、髪型として成立させるために設けている施術上の目安です。
実際の施術可否は、来店時に現在の髪と頭皮の状態を確認したうえで判断します。
この仕事を「回復美容」と呼ぶ理由
CISTAでは、抗がん剤治療後の髪を整える仕事を「回復美容」と呼んでいます。
ここでいう回復とは、病気を治すという意味ではありません。
治療後の髪に残った扱いにくさを美容師として整え、自分の髪で過ごす日常へつなぐことです。
縮毛矯正をすることだけが、回復美容ではありません。
今はカットで形を整える。ウィッグやトップピースを使いながら髪が伸びるのを待つ。条件が整ってからカラーや縮毛矯正を考える。
その時期にできることと、まだできないことを分け、次の段階へつなげることも回復美容です。
技術という名の優しさ
「これで実家の親に会えます」という言葉を聞いたとき、特別な言葉をかけることはできませんでした。
私にできたのは、目の前の髪を見て、できることを判断し、可能な範囲で整えることだけでした。
けれど、その技術があったことで、お客様は会いたかったご両親に会いに行けるようになりました。
CISTAが考える「技術という名の優しさ」とは、気持ちだけで寄り添うことではありません。
今できることと、できないことを見極め、髪を傷ませないために必要なら施術をしない。そして、できる条件が整ったときには、美容師として技術で応えることです。
このお客様との出会いは、CISTAが後に「回復美容」と呼ぶようになる仕事の、原点のひとつになりました。
治療の先にある日常を、髪から支える。
CISTAはこれからも、その役割と向き合っていきます。
CISTAが考える「回復美容」とは
回復美容は、抗がん剤治療後の髪を無理に治療前へ戻す施術ではありません。治療後の髪に何ができるのか、なぜこの仕事が必要なのかをまとめています。
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